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尊厳死(安楽死)を医療関係者が本気で考えてみた

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日本で起きたとは思えないセンセーショナルな、尊厳死に関するニュースが流れました。

www.asahi.com

私さじゃんとトモGPは現場を知る医療関係者の端くれです。しかも自分はターミナルを含む終末医療の現場にも頻繁に往診に行っていました。そこで見た光景と、人の死を医療関係者の立場からどう考えるか一つの視点として感じてもらえたら幸いです。

日本は生死に関わる医療倫理後進国

www.yomiuri.co.jp

「生死」と書いたのは理由があります。まず「死」の方から。我々が医学生だった頃からこの尊厳死のテーマは「サラッと」習います。どの教授の講義を聞いても「今後の議論が待たれる」みたいな曖昧な言い回しでなんとなく学生生活や国家試験を終えます。つまり上のニュースのとおり議論や提言のテーマにすら日本はこの何十年もの間進んでいないのです。ターミナルケア(終末期医療)やホスピス的な発想は高齢化社会の影響もあり進んだと思いますが、高齢者の終末期「以外の」ターミナルに関する議論やハードウェアは進んでいないのが実情です。次に「生」に方ですがこちらは生殖医療、不妊治療の問題。

www.mhlw.go.jp

簡単に言うとほとんどの不妊治療は保険適用外の治療であり、自由診療の範囲に定義され症例やケースにもよりますが100万円以上の治療費がかかることもザラにあります。もしこれらが保険適用のなれば30万円程度になるので金銭的な問題で子供を持つことを諦めた夫婦に光明が見えることになるし少子化対策の抜本的な解決の一つになろうと考えるのになかなかこちらの議論も進みません。国家予算に割り当てる医療費を削減したい狙いがあるのは分かりますがいい加減着手しないと国が滅びかね無い事態になりえるかもしれません。しかも日本は多宗教国家と言うか無宗教国家なのに

医者が生死の倫理観に触れてはならない

医療行為で生死をコントロールすることは神を冒涜する行為だ

みたいな明文化されてない不文律が医療提供側、政治側にあるのは紛れもない事実であり、ここへのアプローチは完全に戦後日本においてアンタッチャブルとされてきました。このように日本は欧米各国に比べると医療技術の水準は高いはずなのに「なんとなくの倫理観」が邪魔してまったくこの分野は成熟できていないのが実情と言えると思います。

SNSの登場により患者と"お医者様”の距離感が変化

それでいて、SNSで誰もが情報を発信できる時代になり患者さんやDr.の距離がこの10年ほどで劇的に縮まったと言えると思います。なぜなら、「お医者様」と崇められる日本において良くも悪くも主治医以外のDr.と接する機会など無いのが普通でした。セカンドオピニオンという発想など当然ない時代です。医師側にしてみても担当患者以外に持論を(自分の専門科以外でも)展開する場所など無かったからに他なりません。みなさんが思うよりも色んな考え方をする「医師」は意外と多く一般的でない思想を持つドクターが自己顕示欲が強かった場合SNSで過激な発言を連発し自己肯定感を得ようとするパターンも見られたりもします。少しマニアックな話になってしまいますが、こうした一部のマイノリティなDr.は自分の専門科の学術界隈でもイロモノ扱いされるケースも有り認知されないというか認められずフラストレーションを抱えていたりもします。(少しオブラートに包みましたが俗に言う「トンデモ医療」系のDr.やクリニックは少なからず存在し彼らの行為は学術界隈では浮くケースがほとんどだと思います)少し偏った考え方をするDr.の発言がSNSに乗り、今回の新型コロナウイルスにおいても様々な影響が出ているのは皆さんの知るところかと思います。

僕たち日本の医療関係者は「患者さんと一定の距離感を持って接するほうが良い」と明文化されている訳ではありませんが、上長や先輩から教えられて若手を過ごします。それは様々な理由があり、「情けをかけるな」という意味ではなく「Dr.側のメンタルコントロールの大切さ」を解く一つの方法論だったりします。外科手術や精密な施術を感情が強く乗った家族であったり患者であればパフォーマンスに影響するからと言われたりします。もちろんこれは人によりますが。結果的に医者の態度が悪い、医療面接の技術に問題があると言った過去から言われているテーマの根底には医師側の

患者との距離感をむやみに詰めたくない

という思いがあったのは事実なように感じます。しかし先程お伝えしたとおり2010年代から急速に

会ったこともない患者と医者が心を通わせられる時代

に突入しました。それは診療報酬が発生する医療行為でなはく「社会的立場」と言うフィルターのかからないSNSというプライベートな空間でのやりとりであり時として、患者や医者を傷つけたりもしますが今回のように「救われた」と思うやり取りが私達の知らないところで恒常的に行われていたりする事実がそこにはあります。このSNSの発達には功罪が存在するのではとみています。功罪とは「医師は実名、クリニック名義で発言するも患者側は匿名」であるケースも多くありパブリックスペースのSNSで(DMや鍵アカではない)そのやり取りをみた他の同疾患、難病患者がまた連鎖し反応してしまうというもの。過激なというか振り切った思想のDr.と生死をかけて行き詰まって困窮してしまった患者が出会ってしまい起こる化学反応は今まで我々が経験したことのない今回のような事象を生むのだと勉強になりました。自分もTwitterが出始めの頃は医療関係者としての発信を行ったりもしていましたが、思わぬ角度のクレームをもらったりヘイトを頂いたりして今では自分の持論や考え方を発することは全くしなくなりました。それは自分としては差し障りのない内容を発信したとしても病院、医者、病気、患者というネガティブワードがうごめく世界において発言が好意的に取られることが少ない世界なのかも思うようになったからで個人的には、医療情報のキュレーションサイト問題

toyokeizai.net

も含め医療とネットSNSは個人的には非常に取り扱いがセンシティブな分野であることを情報の受け手側も発信側ももっと気を配るべきだと考えております。規制に関しては強めてもいいのかもしれませんが国民の知る権利という点を考えるとそのバランスは非常に難しいものになると思います。

尊厳死に心から本気で反対する医療関係者はいるのだろうか?

 医療関係者で投資家の裏筋さんのツイートが非常に腑に落ちました。僕さじゃんも全くの同意見です。現実問題、

要介護度5レベル(ほとんど寝たきりの状態で、意思の伝達、自力で食事が困難な状態の人。日常生活もぼすべての面で常時介護が必要)

という患者さんを現場で見たことがある人はどれぐらいいるのでしょうか?介護士さん、ケアマネジャーさん、介護の現場にいる方々、要介護度5を対象とした訪問診療、訪問介護経験者なら分かっていただけると思いますが尊厳とか人間の終末というものについて一度は深く考えたことがあるはずです。なぜなら、ずっと「寝たきり」とか文章で書くと4文字ですが食事も口から取れなくなって意識も混濁している方も少なくないですし意思の疎通が取れず、胃ろうと言って栄養成分も直接チューブで胃に流す医療介護行為が行われてたりします。まだ若手の頃胃ろうの現場を見たことがなく初めて見たときはショックを受けました。この状態を「自発的に生きていると言うのだろうか」といろいろと考えながら往診したのを覚えています。基本的に認識していていただきたいのが、医療関係者は患者さんのために働いています。もっと言えば、患者さんが困っていたらみんな「なんとかしてあげたい!」と自然に思ったりスイッチがどこかで入ってしまうものなのです。本当に実行するかは別として、

患者さんから痛いから悪い臓器を切り取ってください

治る見込みもないし辛いから尊厳死させてほしい

と本気で懇願されたならこの2つの願いに実は大差はないし(気持ちの話です)応えてあげたいと思わない医療関係者の方が少ないような気がします。やっぱり殆どの医療関係者、Dr.は目の前の困っていて助けを求めている患者さんを

なんとかしてあげたいと思って働いています

大前提として。もちろん自分ができうる範囲、法律に触れない範囲でというのは当たり前の話です。ですが、目の前の患者さんが熟慮の末死を望むなら合法であれば尊厳死をさせてあげたいと思う医療関係者はきっと多数を占めると自分の肌感覚では思っています。

今回の事件のメディアでの取り上げられ方

法律的に認められていない

 1995年に起きた東海大学事件の横浜地裁判決が「積極的安楽死」という4要件を定めています。

1)患者の耐え難い苦痛

2)生命の短縮を承諾する患者の明確な意思表示

3)死が避けられず死期が迫っている

4)苦痛除去などのための方法を尽くし他に代替手段がない

といった要件を法律の一つの解釈として提示された事がありました。しかし、このことを含め現在日本の法律では安楽死、尊厳死に関する明文化され整備されたものはありません。近年では、射水市民病院事件(患者7人が死亡)においても嫌疑不十分で不起訴になっており、立件事例も近年では著しく減っている状況です。終末期の治療停止と尊厳死の因果関係を立証するハードルは高いですし医師と患者の倫理観と法解釈はまた別なところにあるといえテレビのコメンテーターが薄っぺらく「違法行為だからけしからん」というのも正論ではありますがやっぱり現場を知らない人、当事者意識がないからできるポジショントークなような気がして自分としては微妙な気持ちで聞いていました。

金銭目的で尊厳死を行った

こればかりは、今回の事件の医師二人のお話を動機を直接聞かなければ分からないことろもありますが

医療関係者の金銭感覚として130万円程度のお金でここまでのリスクを取る

のか甚だ疑問です。安易に金銭目的で医師免許を剥奪され場合よっては懲役になるような行為に手を染めるとは到底思えないのです。きっと今回の患者さんとの間でどれぐらいのやり取りがあったのか、彼女の意志はどれほどのものだったのかプライバシー保護の観点もあり表に出ないとは思いますが個人的にはこの金額は2名の医師(1名の方に関しては免許自体が無効の可能性とも報道)の人生をかけた行動と考えると安すぎるとしか思えないのです。こうした行動の裏には日常臨床において、終末期医療への想いであったりとか難病患者を尊厳死というアプローチで考えたりであるとか、方向性は今の日本では認めらて居ないですが「助けてあげたい、力になってあげたい」という思いは個人的には嘘はないと思っています。だからといって行動を正当化して僕が納得しているわけではありませんが、理解できる部分はどうしても終末期医療に携わっていると出てきてしまうのは本音です。

(2020年7月27日午後3時10分追記)

女性側から医師に金額提示があったようで、報道が事実なら金銭目的の行動とはにわかに信じがたい部分もあります。

news.yahoo.co.jp

法制化の動きになるのか

今回の事件を経て、すぐに法制化の動きになるとは正直思わないです。なぜなら

患者本人が望まない死が絶対にあってはならない

というハードルがあるから。どういうことかと言うと、昔話風に言えば「姥捨て山理論」であり現代あれば介護疲れによる自殺や介護者による殺害といった問題が常に付きまとうからです。

介護疲れしたからもうおばちゃんに死んでほしい

みたいな、うつ症状を発症した介護者がいたとして、それを感じ取った本人が尊厳死を選ぶような事例があるかもしれません。それこそ法整備するのにこんなケースを想定しだすと難しさは加速度を増し、

議論はスタートしましたが先送りに

という結論になるように思います。医療関係者のポジショントークで申し訳ないとは思うのですが、こういった難しい課題を解決するために優秀な官僚の方、政治家の方には知恵を絞っていただき「医療関係者が正しく働けること」をサポートしてもらえたと思います。

 

最後に自分の個人的な考えですが、安楽死や尊厳死は認められて良いと思います。生きる権利死ぬ権利は本人が握るべきだと思います。鬼滅の刃で一番好きなキャラクター冨岡義勇の有名なセリフ、

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生殺与奪権を他人に握らせるな

 

この考え方は有事の際、終末期医療において根底にあるべきなのではと思っています。今回は珍しく長くなりましたが乱筆乱文申し訳ございませんでした。お付き合いいただき感謝しております。