『みいちゃんと山田さん』のレビュー記事が大変好評なので、今回もまたアップいたします!
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そろそろ物語の終盤に近づいてきたようなので、ますます目が離せません。まさかあの人物が…という驚きの展開が待ってますので、ぜひ最後まで読んでみてください。
みいちゃんに似たキャラクター登場⁉︎

ミュウちゃんというみいちゃんに似たキャラクターが登場します。「ママが好きなブランドでぇ!」とあるようにMIU MIUから取ったものだと思います。みいちゃんも「いっぱい実を食べる動物が可愛いから」という理由で名前をつけられていました。似た者同士か?と感じつつも、読み進めてみると、みいちゃんとミュウちゃんはどこか似ているようで全然違うということがわかるので、ぜひ注目して読んでみてください。
みいちゃんの常連客“シゲオ”

みいちゃんの常連客のシゲオという人物をご紹介いたします。

みいちゃんを毎回指名し、同伴もしているシゲオ。彼の年齢はわかりませんが、20代後半から30代前半と予想します。コミュニケーションを見ると、かなり痛い客という印象。そして不器用な人間であることがわかります。
シゲオがまさか…⁉︎

キャバクラの店内で包丁を出したり、様々な問題行動を起こしていたりしたシゲオ。そんな彼ですが、ある時みいちゃんにプロポーズをします。最後には、考えが改まるシーンが印象的です。
シゲオのお母さんに注目

シゲオのお母さんに注目してみてみます。登場回数は少ないですが、この数コマから人柄が伝わります。なんでもない日にきちんとお化粧をしていることからマメで丁寧な印象。さらに、便所飯していたころのシゲオの弁当を見てみると栄養バランスを考えたメニューに、わっぱの弁当箱。最後では「お嫁さんをもらって幸せになって欲しくて」というセリフからシゲオのことを大切に想っているということがわかります。“孫を早く見たい”や、“早く一人暮らしをして自立して欲しい”とかでもなく、1人息子の幸せを願っている優しいお母さんというイメージです。
他のマンガと比べてみると?
他のマンガと比べてみてみましょう。2021年〜2022年にかけて大ヒットしたマンガ『明日、私は誰かのカノジョ』では、ホス狂いになった萌という女の子が登場します。萌は大学生で公務員を目指している、真面目で堅実な女の子。ですが、楓というホストに出会い、どんどん中身も見た目も変わっていきます。最終的には風俗でお金を稼ぎ、楓に貢ぐのですが、ある時目が覚めて終わりになります。楓に使う予定だったお金は、最終的に美容専門学校の入学費用に。
他にも萌と仲が良い、ゆあという女の子も登場します。ゆあもホス狂いで風俗勤務。学校もあまり通っておらず、家庭環境も悪く、おばあちゃんが亡くなってから吹っ切れて東京に上京します。上京後は、はるぴというホストに夢中になり、腕にはリスカの跡が。最終的にも抜け出せずに物語は終わります。
ゆあ、みいちゃんの共通点は?
この2つの物語から共通してることを紐解いてみます。ゆあ、みいちゃんに共通することは、人格形成で大切な基盤となる家庭環境と学生生活が壊されていることだと思います。ヤングケアラーで、ネグレクト気味の父親がいる、ゆあ。ネグレクトで、近親相姦ゆえに生まれたみいちゃん。周りから悪い噂を流され、友達がいない一匹狼のゆあ。いじめられたりレイプされたりしたみいちゃん。
特にみいちゃんは、どんどん闇に堕ちていき最終的には亡くなるというバッドエンド。土台がしっかりとしていないと、どんなに足掻いても抜け出すことができないのではないでしょうか。

シゲオと萌も似ているところがあります。彼らに共通することは、ゆあとみいちゃんの逆と言えます。シゲオは学生生活が華やかなものではなかったものの、友達がいたり趣味にのめり込んだり。萌も同様、大学生活や勉強に励んでいたりと目標に向かう姿がありました。シゲオはみいちゃんという存在に、萌もホストの楓にハマり風俗に。ですが、彼らは一度立ち止まって考え方を改めます。どんなに闇に堕ちても、物事を考える力と守ってくれる家庭環境があれば、一旦踏み止まって考え直すということができるのだと思います。そしてこれは知能だけでなく、幼少期からの土台作りがある程度しっかりしていたとも言えます。
萌はお母さんに「いつでも帰って来な」と言われたり、シゲオもお母さんがしっかりと息子のために考えてくれてたりと、後ろ盾がある状態。これは物理的にも心理的にもセーフティーネットのようなものだと私は考えます。負のループから抜け出せるか抜け出せないかは、多くの場合決まっているという残酷な事実にも気付かされますね。
そして徐々に壊れ始めるみいちゃん

はじめに比べて表情がどんどんキツくなってるみいちゃん。もうこれは壊れる寸前まできてると言えるでしょう。
最後に
最後に私の見解を述べます。シゲオは、どうしようもない人、救済されない側に置かれると思います。所謂、弱者です。作者はそういう人を切り捨てず、光を当てました。超ハッピーエンドではないものの、少しだけ前進し、読者側が良い方向に進むのでは?と思えるような終わり方になっています。大体シゲオのような存在は、報われなかったり何も変わらなかったりするのを、作者は別視点で良い方向で終わらせるように描いた。これは、こういう人がいるという存在を消さないように描いたのではないでしょうか。
そしてもうひとつ。一昔前(平成)あたりは、比較的ハッピーエンドな物語が多い傾向にありました。令和になってから現実味のある物語が流行しているなという印象です。昔は“自己責任”や“努力が足りないから”という理由で片付けられていたものが、実はそうではないことがわかるようになりました。生まれた時の環境の差や知能が明確にわかる、リアルだからこそ共感を与えるというのが令和の流行の特徴なのだと思います。
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