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Netflix『地獄に堕ちるわよ』ネタバレあり感想レビュー|細木数子という“怪物”を、Netflixはどう描いたのか

Netflixで配信が始まったドラマ『地獄に堕ちるわよ』を、ゴールデンウィーク中に一気見しました。

結論から言うと、これはかなり見応えのある作品でした。

もちろん、細木数子という人物に対しては、今なお賛否が大きく分かれると思います。占い師、テレビスター、ベストセラー作家、実業家、そして霊感商法や裏社会との関係を取り沙汰された人物。Netflix公式でも本作は「大殺界」「地獄に堕ちるわよ!」の強烈な言葉で一世を風靡した占い師・細木数子の素顔に迫る作品として紹介されています。出演は戸田恵梨香、伊藤沙莉、三浦透子ほか。ジャンルとしてはヒューマンドラマ、実話に基づくTV番組・ドラマに分類されています。ただ、本作が面白いのは、細木数子を単純に「善人」としても「悪人」としても描かないところです。

彼女は被害者でもあり、加害者でもある。
時代に翻弄された女性でもあり、時代を利用してのし上がった怪物でもある。
男たちに騙され、搾取され、支配されながら、やがて自分自身が人を支配する側へ回っていく。この複雑さこそが、『地獄に堕ちるわよ』という作品の最大の魅力だったと思います。

細木数子本人の人生が、あまりにもドラマティックすぎる

まず何より驚かされるのは、細木数子本人の人生そのものです。

戦後の混乱期を生き抜き、若くして夜の世界に入り、商売を始め、男に騙され、借金を背負い、暴力団との関係の中で生き延び、そこからまた這い上がっていく。普通の人間なら一度でも潰れてしまいそうな局面を、彼女は何度も何度も通過していきます。

本作では、戦後間もない東京、朝鮮特需、銀座のクラブ文化、東京オリンピック前後の高揚、オイルショック、テレビ業界の隆盛といった日本の戦後史が、細木数子の人生と重ね合わせて描かれます。VG+の解説でも、本作は細木数子の半生を通して日本の戦後史も垣間見える作りになっていると指摘されています。

この構造が非常にうまい。

単なる有名人の暴露ドラマではありません。
「戦後日本という国そのものが、何を欲望し、何を見て見ぬふりしてきたのか」という物語にもなっています。

細木数子は、清廉潔白なヒロインではありません。むしろ、かなり危うい。人を救うこともある一方で、人を利用することもある。人の弱さに寄り添うようでいて、その弱さをビジネスに変える冷徹さもある。

しかし、それでも画面から目が離せない。

なぜなら、彼女の人生には、圧倒的な推進力があるからです。

生き残る。
稼ぐ。
見返す。
支配されない。
もう二度と、誰にも舐められない。

そうした執念が、全9話を通して濃厚に描かれています。

Netflixの資金力で再現された、当時の東京・銀座・赤坂の空気

次に素晴らしかったのが、美術・衣装・ロケーション・時代再現の力です。

Netflix作品らしく、画面の作り込みが非常にリッチです。戦後の東京の荒々しさ、昭和の銀座のきらびやかさ、赤坂やクラブ文化の妖しさ、テレビ局の無機質な華やかさ。そのどれもが、安っぽい再現ドラマではなく、きちんと「その時代の匂い」を感じさせるものになっていました。

特に銀座や夜の街の描写は見応えがあります。

ネオン、煙草、酒、男と女、金、権力、欲望。
現代の清潔でコンプライアンス化された都市空間とは違う、昭和の東京の生々しさが画面から立ち上がってきます。

細木数子という人物を描く上で、この舞台装置は非常に重要です。

彼女は単独で“怪物”になったわけではありません。
男社会、夜の街、芸能界、出版界、テレビ業界、宗教性、占い、金銭欲、戦後日本の成り上がり願望。そうしたものが混ざり合った時代の中で、細木数子という存在が形成されていった。

だからこそ、本作は人物ドラマであると同時に、時代ドラマとしてもかなり面白いのです。

そして、このあたりはやはりNetflixの強みだと思います。国内の地上波ドラマでは、ここまでお金と時間をかけて昭和の銀座や赤坂を再現するのは難しいかもしれません。衣装、ヘアメイク、セット、照明、音楽。そのすべてが、視聴者を物語の中へ引き込むために機能しています。

結果として、細木数子という人物をよく知らない若い世代でも、自然と物語に入り込める作りになっていました。

戸田恵梨香の細木数子は、似ているかどうかを超えていた

主演の戸田恵梨香さんについては、視聴前に「細木数子役としてどうなのか?」と思った人も多いはずです。

僕自身も、最初は少し不安がありました。
細木数子といえば、テレビで見ていたあの強烈な存在感。ふてぶてしさ、押しの強さ、独特の威圧感。戸田恵梨香さんはどちらかといえば線が細く、知的で繊細な印象もある女優です。

しかし、観始めるとすぐにその不安は薄れていきました。

本作の戸田恵梨香さんは、単に細木数子のモノマネをしているわけではありません。若き日の数子の脆さ、男に翻弄される危うさ、金に対する執着、商売人としての勘、そして晩年に近づくにつれて増していく圧力を、段階的に演じています。

特に良かったのは、細木数子を「強い女」としてだけ描かないところです。

強い。
でも、傷ついている。
傲慢。
でも、どこかでずっと怯えている。
他人を支配する。
でも、本当は誰かに救われたかったのかもしれない。

その矛盾を、戸田恵梨香さんは非常に丁寧に演じていました。

単純に「似ている」「似ていない」で語る作品ではありません。
むしろ、テレビで我々が知っていた細木数子という“完成形”に至るまでに、どんな傷と欲望と孤独があったのかを見せる演技だったと思います。

島倉千代子との関係が、本作最大の重さを生む

本作の中盤以降、大きな山場になるのが島倉千代子との関係です。

昭和を代表する歌手・島倉千代子。彼女の借金問題に細木数子が関わっていくことで、物語は一気に重さを増します。

ここで描かれる細木数子は、もはや単純な成功者ではありません。
救済者の顔をしながら、相手を自分の支配下に置く存在でもある。

もちろん、どこまでが史実で、どこからが脚色なのかは慎重に見る必要があります。本作自体も「事実に基づいた虚構」としての性格を持っています。VG+の解説によれば、作中で伊藤沙莉さんが演じる魚澄美乃里は架空の人物であり、細木数子へのインタビューを通じて過去を語らせる構成になっているとされています。

しかし、ドラマとして重要なのは、細木数子が「かつて自分がされたことを、今度は他者にしているのではないか」という問いです。

これはかなり残酷です。

人は傷つけられたからといって、必ず優しくなるわけではありません。
むしろ、傷つけられた人間が、今度は自分が傷つける側に回ることもある。

支配された人間が、支配する側に回る。
騙された人間が、騙す側に回る。
搾取された人間が、搾取する側に回る。

この反転が、本作の最も怖いところです。

そして、それを観ている我々もまた、簡単には細木数子を断罪できない。なぜなら、彼女がそうなってしまった背景も、ドラマはしっかり見せているからです。

だからこそ、観ていて苦しい。
でも、目が離せない。

勧善懲悪ではないラストが秀逸だった

本作のラストは、非常に印象的でした。

普通のドラマであれば、ここで細木数子が完全に断罪されるか、あるいは逆に「実はいい人でした」と救済されるか、どちらかに寄せたくなるところです。

しかし、『地獄に堕ちるわよ』はそうしません。

細木数子は、悪人だったのか。
それとも、時代に傷つけられた被害者だったのか。
本当に人を救っていたのか。
それとも、人の弱さを利用していたのか。
彼女の言葉に救われた人がいるなら、それはすべて否定されるべきなのか。
逆に、誰かを苦しめたなら、彼女の功績はすべて無効になるのか。

この答えを、作品は最後まで観る側に委ねます。

個人的には、このラストがとても良かったです。

なぜなら、細木数子という人物は、そもそも簡単に白黒で語れる存在ではないからです。

彼女は多くの人に影響を与えました。
テレビの前で彼女の言葉に怯えた人もいれば、背中を押された人もいたでしょう。
占いをエンタメとして楽しんだ人もいれば、深刻に受け止めて人生を左右された人もいたはずです。

つまり、細木数子という存在は、ひとつの時代現象だったのだと思います。

彼女一人の問題ではなく、彼女を求めた時代、彼女を持ち上げたメディア、彼女の言葉に救いや恐怖を見出した視聴者側の問題でもある。

本作のラストは、その責任を細木数子一人に押し付けて終わらせません。
そこが非常に現代的で、誠実だったと思います。

「地獄に堕ちるわよ」は、結局誰に向けられた言葉だったのか

タイトルにもなっている「地獄に堕ちるわよ」という言葉。

かつてテレビで細木数子が放ったこの言葉は、強烈なインパクトを持っていました。
しかしドラマを最後まで観ると、この言葉の意味が少し変わって見えてきます。

それは他人を脅す言葉であると同時に、細木数子自身に向けられた言葉でもあったのではないか。

彼女は、すでに何度も地獄を見てきた人間です。
戦後の貧しさ、男からの裏切り、借金、暴力、孤独、欲望、失敗、喪失。

だからこそ、彼女にとって「地獄に堕ちる」という言葉は、単なる脅しではなかったのかもしれません。自分が見てきた地獄を、他人にも突きつける言葉だったのではないかと思います。

ただし、それが正当化されるわけではありません。

人を怖がらせる言葉には、力があります。
人の弱さにつけ込む言葉にも、力があります。
細木数子は、その力を知っていた人です。

そして同時に、その力で自分自身も生き延びてきた。

この二重性が、本作の細木数子像を非常に魅力的にしています。

9話完結だからこそ、ゴールデンウィークにちょうどいい

本作は全9話。Netflix公式ページでもシーズン1の第9話が最終話として案内されています。

このボリューム感が、ゴールデンウィークにかなりちょうどいいです。

1日で一気見するには少し重いかもしれませんが、2〜3日に分けて観るには最適です。内容はかなり濃いですが、物語の引きが強いので、次の話へ次の話へと自然に進んでしまいます。

特に、昭和の芸能界、夜の街、占い、テレビ業界、女性の成り上がり、戦後日本の空気感に興味がある人にはかなり刺さると思います。

逆に、爽快な勧善懲悪ドラマを求めている人には、少しモヤモヤが残るかもしれません。
しかし、そのモヤモヤこそが本作の価値です。

人間はそんなに単純ではない。
成功者は必ずしも善人ではない。
悪人に見える人間にも、そうならざるを得なかった過去がある。
そして、被害者だった人間が加害者になることもある。

そうした人間の複雑さを、Netflixらしいスケールで描いた作品でした。

まとめ|細木数子を知らない世代にも観てほしい、怪物的人生のドラマ

www.netflix.com

『地獄に堕ちるわよ』は、単なる細木数子の再現ドラマではありません。

これは、戦後日本の欲望の物語です。
女性が男社会の中で生き抜く物語です。
メディアが怪物を生み出し、怪物を消費する物語です。
そして、人間はどこまでいっても善悪だけでは割り切れないという物語です。

細木数子本人の人生があまりにもドラマティックであること。
Netflixの資金力によって、当時の東京、銀座、赤坂の空気が見事に再現されていること。
戸田恵梨香さんを中心とした俳優陣の演技が、単なるモノマネではなく、人間の業を描いていること。
そして、最後に「この人をどう見るか」を視聴者自身に委ねる構成になっていること。

さじゃん個人としては、このゴールデンウィークにかなりおすすめしたいNetflix作品です。

もちろん、観終わった後にスッキリする作品ではありません。
むしろ、細木数子とは何だったのか、テレビとは何だったのか、占いとは何だったのか、そして我々視聴者は何を求めて彼女を見ていたのかを考えさせられます。

でも、それこそが良質なドラマの証拠だと思います。

『地獄に堕ちるわよ』。
タイトルは強烈ですが、観終わった後に残るのは、単なる恐怖ではありません。

それは、ひとりの女性が地獄を見ながら、それでも欲望のままに生き抜いた、あまりにも人間臭い人生への、奇妙な畏怖でした。