辻村深月の同名小説を原作に、コロナ禍を生きた高校生たちの心の軌跡を描いた青春映画『この夏の星を見る』。映画の余韻がまだ続いているトモGPです。
本当に素敵な映画で前回レビューを書かせていただきましたが、作品におけるストーリーや演出、俳優陣の演技同様に印象的だったのが劇伴とテーマソングです。今作の世界観を静かに、そして力強く支えているのがミュージシャン”haruka nakamura”です。
haruka nakamuraとは
haruka nakamuraは青森県出身のミュージシャンです。15歳で音楽をするため単身上京し、2008年1stアルバム「grace」を発表。それまで主にギターを弾いていたが、2ndアルバム「twilight」以降、ピアノを主体とした音楽を作るようになる。デビュー前から故Nujabesと共に製作をしていた3rdアルバム「MELODICA]などその後多くのオリジナル・アルバムを発表しています。また数多くの企業やアーティストとのコラボレーションやCM、TVドラマ、映画などの音楽を担当し、2020年より自主レーベル「灯台」を立ち上げ、「灯台通信」でまるで手紙のように自身の言葉を伝える発信を行っています。
Nujabesという”灯台”
先ほどさらっと書かせていただきましたが、haruka nakamuraの転機は日本が世界に誇るトラックメイカーNujabesとの出会いであると言えます。2006年頃、音楽共有サイトである"MySpace"に投稿した自身の楽曲に、ある人物から連絡が届きました。それが日本のヒップホップ界における伝説的トラックメイカーNujabesだったのです。「とても美しい音楽ですね」「あなたにはピアノの方が合っていると思いますよ」という、Nujabesからの短くそして静かで優しい言葉がharuka nakamuraにとってすべてを変えたと言います。
それまでギターを中心に作っていた彼は、再びピアノに向き合う決意をする。そして2008年、アルバム「grace」でデビュー。青森の自然、原風景を音にしたその作品は、Nujabesの“音の精神”とも共鳴する静かな傑作となったのです。その後もリリースを重ね、2013年には生前のNujabesが遺したビートに自らの音を重ねた共作「MELODICA」を発表しました。明らかにNujabesの魂が宿ったトラックはヒップホップファンも必聴の1枚です。
後にharuka nakamuraは「Nujabesは、僕にとって灯台のような人だった」と語っています。2020年に立ち上げた自主レーベルの名前もまさに「灯台(lighthouse)」であるように、haruka nakamuraにとってNujabesという存在が、人生における"灯台"の様に、いかに大きいものだったのかが窺い知れます。
映画『ルックバック』
2024年に公開された劇場アニメ『ルックバック』。原作は藤本タツキ、『チェンソーマン』の作者として知られる彼が描いた静かで鋭い青春の物語です。この作品の音楽をharuka nakamuraが手がけることになったきっかけも、不思議な縁だったとのこと。実は藤本タツキが原作を描いていた当時、彼の音楽を聴きながら執筆していたというのです。
そしてharuka nakamuraも時を同じくして青森のカレー屋で「チェンソーマン」と出会い、その原作者に惹かれたその1週間後に劇版のオファーが来たとのことでした。
初めて原作を読んだ時、同じ東北の北国の風景から主人公たちの情感、情景から音楽が聴こえてくるような感想を持ったharuka nakamura。作品に登場する二人の少女は漫画を描くことで出会い、離れ、そして前に進んで行きます。作品の音楽は、まさにそんな彼女たちの心に寄り添うようなものになっている様に感じます。まるで讃美歌の様な主題歌「Light song」は作品に捧げる祈りの様にも聴こえます。
映画『この夏の星を見る』
そして2025年夏に公開された映画『この夏の星を見る』、コロナ禍のなか星や宇宙に青春を捧げた高校生たちの姿を描いた群像劇です。
haruka nakamuraがこの作品に参加した理由は、"題材に惹かれたから"というとてもシンプルなものだったと言います。そして何より初回の顔合わせの時に、映画チームの情熱や圧倒的な熱量に心を打たれ、その熱に真摯に応えるべく製作に取り組んだとのことでした。
suis(ヨルシカ)とのコラボレーションによる主題歌「灯星(ともしぼし)」、挿入歌「スターライト」を含む劇伴は、「ルックバック」とはまた違った魅力に溢れています。インタビューによると、世の中、社会というシステムに抑圧されてしまう悲しみから、自分で切り拓いて見出していく、希望へと進んでいくエネルギーをイメージして音楽は作られたとのこと。まさにその通りで、「ルックバック」の静かな情景を連想させる音楽とは対極にあるような、作品全体を通してエネルギーや躍動感を感じる音になっています。
まるで風景の様な音楽
たまたま偶然なのか、haruka nakamuraが劇伴を担当する作品は音が大きすぎる、もしくはシーンの盛り上がりが彼の音楽に頼りになりがち、といった意見をたまに見かけます。確かに言われてみれば「ルックバック」と「この夏の星を見る」も劇伴の音量は多少大きめな感じがしました。しかし当然ですが両作品ともそれに見合った映像でしたし、むしろ演出を加速させる上では必要不可欠な要素だった様に感じます。"映画が音楽頼り"と言われるのは(実際はそんなことはありませんが)、それだけ彼の製作する音楽の信頼性の高さであったり確実に映像に寄り添う音楽を作る何よりの証拠でもあるのです。
出身が青森で現在の活動拠点も東北や北海道ということもあってか、haruka nakamuraの音楽を聴くと雄大な自然や静かな情景を思い浮かべてしましまいます。風景のような、まるで“音でできた写真”のような作品を作り続けるharuka nakamuraから今後も目が離せなさそうです。


